自分を否定していたのは、自分自身だった。

いきなり重めのタイトルだけど…。

今日とある場所で人間関係に関するワークを受けてきて、それを痛感した。

 

テーマは

『怒り』との向き合い方

というものだった。

ある出来事にどう反応するかは自分次第

講師の方はワークの中で

「出来事をどのように捉えるかで自分の反応は変わってくる」

と仰っていた。

 

図で表すとこんな感じ。

(心・行動・体は反応の内容を具体的に説明したもの。)

だから、どんなにムカつくようなコトがあっても、

出来事そのものが自分を怒らせているわけじゃない。

自分が「これマジでムカつく!」と捉えているから、怒りが湧いてくる。

 

よく聞く表現に言い換えるなら

人は自分の色眼鏡でモノを見ている。

人は主観の中で生きている。

こう言えば納得してくれると思う。

「自分は否定されている」と思いながら生きてきた。

そこで、自分はどういう時に怒りを感じるかを振り返ってみた。

パッと思い浮かんだのは、自分を否定された時。

  • 自分の考えや行動にダメ出しをされた
  • 頼みごとをしたら、断られた
  • フラれた
  • 怒られた

こういう時に、自分は否定されたと感じる。

 

しかも、こういうことは割と長く引きずる。

そもそも自分は過去に精神がぶっ壊れそうなほどのイジメにあったことがあるし、

そういうこともあって、悪者扱いされたりぞんざいに扱われたりすることに敏感だった。

 

そのように見られることは当然嫌だったし、

「自分はダメ人間なんかじゃない!」

「何で一々俺のことを否定するんだ!ふざけんな!」

「俺は価値のない人間じゃない!」

と、反抗心を持っていた。

 

時には声を荒げたことだってある。

自分を否定してくるヤツにイライラしながらずっと生きてきた。

 

けど…

自分を否定していたのは自分?

ワークの中で、

「出来事をどのように捉えるかで自分の反応は変わってくる」

という考え方を聞いてから、自分自身について見つめ直した。

 

俺は、自分が否定されることに対してイライラしながら生きてきた。

だけど、「出来事」「反応(怒り)」の間には必ず「捉え方」がある。

 

そこで、「捉え方」着目して考えてみると…

必ずしも周りの人は自分を否定しているわけではなくて

自分が「この人は俺を否定している」と感じていただけなのかな?

ということに気づいた。

 

もっと言うと

「自分は否定されている!」と思いたかっただけなのかもしれない。

そう思うことで、自分を否定していた。

 

冷静に考えたら、自分は本当に些細なことで被害者ぶっていた。

例えばこういうことがあった。

自宅から徒歩20分のところにバイトしていた時に、母親に

「冬だと大変でしょ」

と言われて

「何でそのバイト先を選んだことを否定するの?

確かにそうだけど俺は色々考えた上でそのバイトをしてるんだよ。

そう言われるとすっごく不快な気持ちになるからやめてくれない?」

と、怒った。そしたら母親に

「いや、そういうつもりじゃなかったんだけど…ただ、大変だねって言っただけなのに…」

と言われた。すっごく悲しそうな顔をしていた。

 

今振り返ると、何でそれぐらいのことで「否定された!」と感じていたのか。

そんな小さなことでヒステリックになるだなんて、ただの嫌なヤツだったと思う。

最後に

何故「自分は否定されている!」と思い込んで、自分を否定したがっていたのかはまだわからない。

だから、これからもちゃんと自分の考えを見つめ直していこうと思う。

意識的には、自分で自分を否定しないように気をつけていたはずなのに…。

 

勿論それに気づいたからと言って、何もかもを許せるようになったわけではない。

どうしても悪意しか感じない出来事もある。

だけど、その出来事に対して自分はどう捉えているか、どう思い込もうとしているかを研究していくつもりだ。

あと、自分の思い込みに気づけたおかげで許せるモノも増えたんじゃないかな。

自分自身がレベルアップした気がした。

コメントを残す