どうも、社会不適合者なコンタクです。

…いや、ハイパー社会不適合者のコンタクです。

 

僕は今、大学四年生ですが、就活しないで新卒でフリーランスになることに決めました。

というか、現時点でフリーランスとして活動しています。

ランサーズというクラウドソーシングサイトを用いて仕事を受注し、ライターとしてお金を稼いでいます。

クラウドソーシング「ランサーズ」

そして、言うまでもなくブロガーとしても活動しています。

 

実は、僕が新卒でフリーランスになると決意した理由として、理不尽な社会に適合したくないから、というのがあります。

今回は、何故そう思うに至ったかを書いていこうと思います。

電通の新入社員の過労死

何故、理不尽な社会に適合したくないと思ったのか?

その大きなきっかけは、電通の新入社員が過労死したニュースでした。

 

大学二年生の頃(2016年)、電通の新入社員が過労の末、自殺してしまうというニュースが頻繁に報道されていました。

月の残業時間は100時間を越え、会社に寝泊まりすることも当たり前。

上司からのセクハラやパワハラは日常茶判事。

その末、電通の新入社員は2015年12月に自殺してしまいました。

 

そういうニュースを見て、

「会社ってマジでクソだな」

と、心の底から思いました。

 

人の命よりも仕事を優先させる。そもそもセクハラやパワハラを頻繁にしている時点で会社員を人として見ていない。

もう、なんていうか、人間の所業じゃないなと思いました。

 

そして、そのニュースを見ていた父親が

「仕事ができると勉強できるは違う。

東大卒だからって調子に乗って電通に就職するから馬鹿を見るんだよ」

と、言っていました。

 

確かに、一般論として「仕事ができると勉強ができるは違う」は正しいです。

でも、何でこの文脈でわざわざそれを言うのか理解できなかったし、

何より「精神的に追い詰められた末に死んだ人に馬鹿と言うのは何事か?」と思いました。

 

それを受けて僕は、

「過労で追い詰められた人間がいても、人はそうやって冷たい態度をとるんだな。

人間ってマジでクソだな。」

と思いました。

こんなクソみたいな社会に適合できない。むしろしたくない。

やっぱり、いじめられる側が一方的に損をし、死んだ方が悪いと冷たくあしらう。

人間っておかしいなと思うどころか、被害者ばかりが損をする世の中そのものがおかしいと思いました。

 

そんな理不尽が当たり前に通用する社会に適合できる自信がない。

自分が会社員なんてやったら、高確率で精神をぶっ壊されて死ぬかもしれない。

 

というかむしろ、そういう理不尽な社会に適合してたまるか、と思いました。

残業して心身を壊すことは当たり前。

パワハラやセクハラは当たり前。

過労で自殺しても、自殺した人に対して冷たい。

そう考えると、そういう社会の方がおかしい気がしてならないな、と心底思いました。

理不尽は受け入れられない

僕は、理不尽を受け入れられません。

 

理不尽が当たり前になったら、世の中は本当におしまいだと思う。

社会に適合するということは、理不尽をも受け入れろということなのか?

 

いや、そんなのは許せない。

理不尽がまかり通ることで、誰が幸せになるのだろうか。

もちろん、残念ながら理不尽な目に遭う人もいる一方で、その理不尽を貫き通すことで幸せを獲得している人だっている。それは否定できない事実だと思う。

 

でも、果たしてそれはベストな行いなのだろうか?

幸せになっている人がいる一方、そのせいで傷ついている人もいる。

理想論かもしれないけど、どうせならみんなが幸せになった方がいい。

 

長くなったけど、そういうわけで僕は世の中にある理不尽を受け入れたくないなと思います。

理不尽に苦しめられる人が少しでも減ればな、と常々思っている。

理不尽にNOと言いたい

というわけで、僕は理不尽な社会に適合したくないし、理不尽そのものを到底許せないと思っている。

理不尽を何のためらいもなく受け入れられるようになったら、人間として終わりだ。

 

そんなわけで、理不尽に耐えるのがどうしても嫌だったから、僕は新卒でフリーランスになると決めた。

(新卒でフリーランスになると決めた理由は他にもあるけど、これはまた後日)

 

もちろん、世の中優しい人だっていることも知っているし、ブラック企業だけじゃなくてホワイト企業もある。

だけど、それを踏まえて考えてみても、理不尽が許せない。

そこはどうしても譲ることができなかった。

理不尽に消耗しない生き方を見つけたい

そして、理不尽に消耗しない生き方を、自ら体現していきたいなとも思うのだ。

例えば、「お給料は我慢の対価」という言葉の通り、お金を貰うには理不尽に耐えなければいけない、という価値観が蔓延っているけど、

理不尽に耐えなくてもお金を貰う方法はあるんじゃないかな?とも思うし、そういう方法を見つけていきたいと思う。

 

理不尽に消耗しない生き方を、自分の体をもって研究していきたい。

そもそも、せっかく「理不尽が許せない!」という気持ちをもっているのだから、理不尽な社会に適合することでその気持ちを殺す、ということだけはしたくない。

理不尽を我慢しなくても生きていけることを証明したい。

最後に

これが、僕が社会に適合したくないと思った理由の一つです。

 

ちなみに、これを読んで

「え?それが理由でフリーランスやってんの?ルサンチマンの権化じゃないか!!」

って思う方もいるかもしれませんが、フリーランスをやっている理由はそれだけではありません。

それはまた後日書いていきます。

 

ただ、少なくとも僕がこの記事で言いたいのは

[box class=”blue_box” title=””]

  • 社会はあまりにも理不尽すぎる
  • そんな社会に身をもってNOと言いたい
  • 理不尽に耐えなくても生きていけることを証明したい

[/box]

こんな感じです。

というわけで、フリーランスとしてしっかりと生きていけるように、これからも精進していこうと思う。