自分が幸せになれば他人も幸せになる理由

コンタクです。

よく

「自分が幸せになれば他人も幸せになる」

って言うけど

それってどうしてなのか、自分なりにちょっと考えてみた。

自分が幸せじゃないと自分しか見れない

僕にとって「幸せ」とは、

自分の欲が満たされている状態のことなんじゃないかと思う。

 

自分の欲を満たすものとしては

お金、人間関係、仕事…

色々あるけど、例えば自分の欲しいだけのお金を持っていれば、お金に関しては幸せと言える。

 

逆に、自分が幸せじゃないとどうなるか?

さっきの定義を踏まえるならば、

「幸せじゃない」=自分の欲が満たされていない状態

だと言える。不満があるとも言える。

 

すると、自分の足りないものを補おうと躍起になる。

自分の持っているものを減らさないように頑張る。

こういう状態だと、自分しか見えていない。

 

「自分を満たしたい」

 

その気持ちで一杯になるし、この気持ちは「足りていない!」という気持ちが強いほど強まるものだと思う。

お金があまりにもなかったら、稼ぐことを必死に考え、気持ちがかなりヘコんでいたら、回復したいと考える。

こんな時に、その人に他人のことを考える余裕があるか。

いや、自分のことで精一杯だと思う。

 

更に、「自分を満たしたい」という気持ちが強まってしまうと、

誰かから何かを奪ったり、傷つけたりすることも起きると思う。

お金がないから、誰かからお金を盗みたい。自分以外の人間が幸せに見えて、それが妬ましいからメチャクチャにしてやりたい。

それって最早、他人のことを考えられないどころか、他人を不幸にしているとすら言えるんじゃないかな。

幸せだと、周りに目を向けられる

でも「幸せ」=自分が満たされている状態だと、

自分の足りないものを手に入れようと躍起にならない。

 

そもそも、自分に足りない部分がない。

そして、自分にとっての十分を超えるほど満たされると、余裕ができてくる。

自分しか見られない状態から、他人のことにも目を向けられる状態になる。

自分の持っているものが必要以上にある。

だったらそれを他人にあげてみようかな?と思えてくる。

 

例えば、必要以上にお金を持っているとしたら、好きな人に何かプレゼントをしようと思える。

気持ちが満たされていたら、周りの人に優しく振舞おうと思える。

時間に余裕があったら、他人のために時間を使おうと思える。

そういう行為は、他人を幸せにすることに繋がってくるだろう。

 

もちろん、余裕があっても他人に貢献するかはその人の自由だ。

だけど、他人を幸せにするための前提として、“自分が幸せかどうか”というのは欠かせないと思う。

まずは、「自分が満たされているかどうか」

自分が満たされていれば他人のことを考えられるようになる。

だから、もし自分が満たされていないと思うなら、自分を満たしてあげる必要があるんだろう。

それでようやく、他人に対して貢献することができるし、それは他人を幸せにすることにも繋がってくるんじゃないかと思う。

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