「現実を見ろ」だと?現実を変えるという考え方はないのか?

「お前の言うことは分かるんだけどさぁ…

もっと現実見ろ。」

って言う人いるよね。

現実は厳しいもの

そういう人の発言をもう少し具体的に説明すると…

 

「あなたの言うことは確かに正しいし、理想的な考え方であるけれど、、、

現実的に考えたら上手くいかないんじゃない?

現実的にはそんなこと無理だよ。

実際世の中はそんなに上手く回っていないでしょ。」

ということなんだろうと思う。

 

確かに、現実は厳しいかもしれない。

どんなに理想を掲げて努力をしても、報われないことは多い。

どんなに平和を訴えても、未だに戦争をしている国がある。

 

そう考えると、「現実を見ろ」という人の気持ちは分かる。

確かに現実はそんなに甘いものではない。

そういう人からしたら、理想論を語っている人は滑稽に見えるかもしれない。

「現実ではそんなに上手くいかないんだから、そんな虚しい努力はやめなさい」と口を挟みたくなるかもしれない。

「現実を変える」という考え方はしないの?

しかし、だ。

現実は、見るだけのものなのか?

現実を”変える”という発想はないのか?

と俺は最近ひらめいた。

 

厳しい現実を見て、

「あぁ、、、やっぱり現実は厳しいんだ…」

と落ち込んだり諦めたりするだけが行動の全てじゃない。

 

その現実をしっかりと見た後で、

「それでも、そんな現実を変えてやる!」

と、行動を起こすことだってできる。

 

「世の中には貧しい人が数千万人、いや、数億人いるかもしれない。

だけど、それでも貧しい人を救いたい。

富める者が多い世の中にしたい。」

とか、

「俺の学力は偏差値でいうなら30だ…

だけど、東大に受かりたい。

東大に受かるために猛勉強してやる。

バカな自分を変えてやる。」

と、考えたり行動したりできる。

 

「現実は見るもの」とは限らなくて

「現実は変えるもの」と考えることだって出来る。

現実を見て諦めはしていないか?

ここまで書いてみて思うのは、

結局の所、「現実を見ろ」という人は

諦めろ!

と言いたいのだと思うのだ。一言で言うなら。

 

でも、何ですぐそうやって諦めさせるように働きかける?

何でそういう人のことを真に受けて、行動すらしないで諦める?

確かに現実は厳しいかもしれない。

だけど、再三述べている通り、

現実は変えるもの

と考えることだって出来る。

 

昔では人間が空を飛ぶだなんて考えられていなかった。

しかし、今では飛行機で空を飛ぶことができる。

 

昔のコンピューターは超巨大だった。

しかし、今は手のひらサイズのコンピューター(=スマホ)が街中に溢れている。

 

昔の人が想像できなかったものが、今の世の中には沢山溢れている。

そういう事例はきっと多くあると思う。

 

これらのことを踏まえると、

現実は変えるものだし、

実際に現実は変わっている。

だから、「現実を見ろ」という言葉を真に受けなくていい。

むしろ現実を変えてやる!ぐらいの勢いで生きよう。

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