コンタクです。

 

僕はあまりコミュニケーションが得意ではない。

いわゆる、コミュ障と言っても過言ではない。

 

基本的に、人と話す時は振る舞い方、話し方などを異常なほどに気にするし、

下手に会話をして相手に変に思われるのが嫌だから、僕が会話の主導権を握ることはほとんどないし、いつも相手の話していることに対してそれなりのリアクションをとるばかりだ。

 

で、たまに「勇気を出して会話に積極的になってみよう!」と思って、大きくリアクションしてみたり、自分の思っていることについてどんどん喋ったりするけど、そういうことをすると、当然周りの人は僕に注目してくる。

そういう周りの目線が怖いし、「あれ、もしかして自分は変なことをしたのだろうか」とも感じてしまう。冷静に考えたらそんなことはないはずなのに、どうしても周りの目線、リアクションを異常なほどに気にしてしまう。

 

そんな感じで、僕は典型的なコミュ障だ。

でも、そもそもどうして自分はコミュ障なのか、考えていきたいなと思う。

昔はコミュ障ではなかった

上の方で、自分は典型的なコミュ障だと書いたけれども、

幼少期、小学〜中学の途中までは、僕は別にコミュ障というわけではなかった。

 

もっとも、だからと言って陽キャというわけでもないし、パリピというわけでもなかったけど、そういう類の子達ともそれなりに仲良くしていた。

(もちろん、あまりにもおふざけが強い人は嫌いだったけど。)

 

むしろ、かつての自分は人間関係には積極的な方だったし、自分で言うのもだけど明るく元気な子だった。

友達がめちゃめちゃ多いというわけではなかったが、友達の輪には積極的に入っていったし、友達と話したり遊んだりすることはこの上なく楽しかった。

自分の考えとか気持ちを正直に話すことも多かったし、おかしいなと思ったことに対しては徹底的に反抗していた。

 

もちろん、それで誰かに目をつけられて嫌なことをされる、という経験も多かったけど、それに負けないぐらい楽しい時間を過ごしていた。

そんな感じで、小学〜中学の途中までは僕はコミュ障というわけではなかった。

むしろ、積極的に人と関わる方で、元気に楽しく過ごしていた。

中学時代のトラウマ

しかし、中学2年生の時にそんな自分を変えるかのような出来事が起こった。

 

まず一つ目。当時仲よかった友達にいきなり絶交されたのだ。

その友達は、心を許せる数少ない友人だったので、僕は絶交された時に頭が真っ白になった。

絶交されたのは、自分に非があったからなので

「俺は友達を怒らせてしまった」

「自分は調子に乗りすぎていたのかもしれない」

「どうしよう…」

みたいな感じで、どんどん自己嫌悪に陥っていた。

 

しかし、それだけでは終わらなかった。

二つ目。後日、その友達に衝撃的なことを言われた。

「お前、俺だけじゃなくて学校中の人に嫌われているからな。

だから、あんまり調子に乗らない方がいいと思うよ??」

要約すると、そのようなことを言われた。

 

今思えば、その友達は自分を凹ませるために嘘を言ったのでは?嘘とまではいかなくても、話を盛っていたのでは?とも思うのだが、

当時の自分は、その友達の言葉を真に受けた。

 

「そうか、俺は大勢の人から嫌われていたのか」

「てことは、俺は知らず知らずのうちに大勢の人に嫌な気持ちをさせていたのか」

「自分の振る舞い方は間違っていたのか。じゃあどうすればいいんだろう。」

みたいな感じで、ますます自己嫌悪に陥っていったし、

何より、人とどう接していけばいいのか、まるでわからなくなってしまった。

 

それ以来、僕は世間で言うところのコミュ障に成り果ててしまった。

それまでは沢山話す方だったし、活発な方だったけど、すっかりと大人しくなってしまった。

人との関わりはなるべく避け、クラスでは、クラスメイトに話しかけることも全くせず、孤立。

そもそも、人が信用できなくなってしまった。

 

「どうせこの人は自分のことを嫌っているのだろう」

そんな感じで、疑心暗鬼になりながら生活していた。

人間関係に消極的だった

そんな感じで、人間関係に対してずっと消極的だった。

高校に入っていじめに遭った時も、基本的にはいじめっ子に反抗しないで生活していた。

 

で、いじめに耐えられなくて僕は別の高校に転校し、転校先では仲の良い友達ができたし楽しい日々を過ごしていたのだが、それでもやはり自分は超大人しかった。

そもそも、転校先の高校で友達ができたのも、転校先のクラスメイトが僕に積極的に関わってくれたからだ。

僕自身が転校先の人に対して積極的にアプローチしたわけではない。

 

だから、高校を転校してから人間関係に困ることは激減したものの、それでも人と積極的に関わろうとは思えなかった。

問題は根本的には解決しなかった。

大学時代も受け身だった

人と積極的に関わろうとしなかったのは、大学に進学してからもそうだった。

もちろん、大学に入ってから友達作りを頑張っていた時期もあったけど、どうも人を信用することがなかなか難しかったし、

「ウザがられるんじゃないか?」と疑心暗鬼にもなっていたから、途中で友達を作るのをやめた。

 

今入っている学生団体に入ってからは、結構年上の人によくしてもらったし、友達や知り合いも沢山できた。そのおかげで、人間関係に積極的になれた時期も有った。

だけど、その学生団体に入ってしばらく経つうちに「お前先輩にちやほやされているけど、それずっと続かないよ。どうせいつか孤立すると思うよ。」と、とある同期が嫌味を言ってきたり、その団体の嫌な部分とかを見たりして、また人間不信の感情が再発してしまった。

それからは、その学生団体の中でも積極的に人と関わることはなくなってしまった。

 

「やっぱり人は嫌だ。」

「人に対して積極的になれない。」

「人と関わるの難しいし、どう振る舞えばいいかわからない。」

「上手くしゃべることができない。」

「他人にどう思われるかが気になってしまう。」

そういう気持ちでいっぱいになりながら生きてきた。

自分は死ぬまでコミュ障で、人のことを心の底から好きになれないまま過ごしていくんだろうな、みたいに思っていた。

話すのが楽しいということに気づく

だけど、そんな自分に転機が訪れた。

大学四年生の9月ぐらいの頃。とある友人からものすごく久しぶりに「今度遊ばない?」と連絡が来たのだ。

その友達は、結構仲の良い友達だったし二つ返事で「遊ぼう遊ぼう!!」と言った。

 

そして、久々にその友達と会った。焼肉屋さんに行った。

しばらく会っていなかったし、緊張するんじゃないかと思っていたけど、意外と緊張しなかった。

そして、なんと、

自分はコミュ障なのにもかかわらず、その友達とは会話がメチャクチャ弾んだのだ。

 

もっとも、その友達はメチャクチャコミュ力が高いので、それも原因ではあるのだが、

それでも、人と積極的に沢山会話できる自分に驚いた。

人と心の底から楽しく会話できている自分が誇らしいとすら感じた。

 

そして、転機はそれだけではなかった。

友達と焼肉屋さんに行った後、「すすきののパブに行こう!」という話になった。

パブとは、女性スタッフと一緒にお酒を飲むお店なのだが、そういう水系のお店には一度も行ったことがなかった。

 

で、パブを3軒ぐらいはしごしたのだが、これがメチャクチャ楽しかった。

1軒目は初めてということもあって、女性と大して会話することができなかったが、2、3軒目は楽しく積極的に会話することができた。

もちろんお酒も入っていたし、コミュ力が高い友達と一緒だったし、女性スタッフのコミュ力も高いというのもあるけど、

それを踏まえて考えてみても、積極的に楽しく人と会話している自分には心底驚いた。

そもそも自分は人と話すのが大好きだったじゃないか

自分は超おとなしいし、人と話すのがものすごく苦手だし、何より人間不信だと思っていたけど、全然そんなことないということに気がついた。

 

中学のトラウマ以来、人と関わるのがものすごく怖かったし、ものすごくおとなしい性格になってしまったけど、

そもそも自分は、人と話すのが大好きだったじゃないか。

 

それに、人間不信というのも、もしかしたら嘘だったのかもしれない。

もちろん嫌な人とか、腐りきった人だっているけど、それでもやっぱり人間が大好きなんだと思った。

 

もっと色んな人と知り合いたい。

もっと色んな人と話したい。

 

まだコミュ障な部分はあるけど、

そういう自分を乗り越えて、昔の本来の自分に戻りたい。

 

中学時代に、自分にトラウマを植えつけてきた人がいるけど、

汚い表現だけど、そんな奴はクソ喰らえって思う!

 

というわけで、人間関係に積極的で、話すのが得意な自分に戻っていきたいと思う。

最後に

自分は、トラウマになる出来事があって以来、性格や振る舞いを180度変えられてしまったけど、そんなトラウマには負けたくないと思う。

だって本来の自分は元気で活発で、人に対して積極的だったから。

そういう自分である方が、楽しいということに気づいたから。

 

だから、本来の自分を完全に取り戻せるように、これからも頑張って生きていく。

コミュ障から脱却していく。